M5Stack社ジミーCEOに訊く深圳流ものづくりの極意(その2)

中国深圳のスタートアップ企業であるM5Stack社のジミーCEOと、通訳をしていただいたスイッチサイエンスの高須正和氏にお話を聞いた、前回のインタビュー記事の続きです。前回の記事はこちらを。

社長室にジミー社長専用部品箱があり、1週間で新しい製品ができる

ー:M5Stackの基板は5cm×5cmですが、そのサイズに決めた理由は何でしょうか?

高須:まず、深圳には基板の設計データ(ガーバーデータ)をメールとかウェブにあげたら、実際に基板を作って送ってくれるサービスがたくさんあるんですけど、その時ジミーがよく使ってたサービスが、5cm×5cmまでと5cm×5cmより上で値段が違ったんですよ。それで、5cm×5cmのほうが安くできるから、それでよかろうというのが1つ目の理由です。もう1つの理由が、5がジミーにとってのラッキーナンバーだということです。

ー:M5Stackのものづくりの強さはどんなところにあるのでしょうか?

高須:M5Stackは、まずオフィスが素晴らしいです。エンジニアなら来ると帰りたくなくなります。社長室にジミーの机があって、そのジミーの机の真横にジミー専用部品箱があるんです。ジミー専用ハンダごてもあって、社長室でプロトタイプを作ることができる。それで、社長室のドアを開けると、前にエンジニアチームがいて、エンジニアチームのドアを開けると、M5Stackの部品倉庫があるんですよ。そこに昔作ったとか、すでに作って置いてある射出成型の型などがいっぱいあって、それを組み合わせると新製品が作りやすくなってて、さらにもう1つ次のドアを開けると生産ラインがあって、そこで思いついたものをすぐ1回生産ラインに載せられるんですよね。M5Stackの中に100台ぐらいプリント基板に部品をマウントができる機械があって、ジミーたちはだいたい1週間に1回、新しい製品を作っている。

 毎週月曜日に、今週は何をどういう風に生産ラインに流そうみたいな計画を立てる。それから設計の方はどういうものを作ろうという計画を立てる。それで、毎週水曜日に新しい部品の発注とか、作ってもらうものの発注をする。金曜日に結局どうだったのみたいなのを見直して、次の月曜日は、また新しいのを作るみたいな。

ー:それはすごいですね。1週間でものづくりのサイクルが回るわけですか。

高須:深圳だとPCB設計のガーバーデータが本物の基板になるまで、大体一晩か二晩くらいなんですよ。2層基板なら月曜に頼んで水曜の午後に来る。4層基板のようにちょっと複雑なやつだと、大体1週間ぐらいかかる。そのあと、ピックアンドプレースマシンの小さいやつがジミーの会社にあるので、それでもう部品を載せて実装する。そうすると、金曜には物が動いてテストができる。そして月曜日は、また新しい基板の設計データを送るという感じですね。

 もちろんそれはPCB屋の工場側の都合もあって、待ち行列が全然ない時は今いったスピードで来るんだけど、最近どうもそういうことが減ってきて、昔のお客さんが少なかった頃、PCB屋さんが空いてた頃だと1日でできたのになあと言っています。

 特急サービスみたいなものあって、200人民元だから3000円ぐらい払うと12時間で作ってくれる業者もあります。でも、ジミーがいうにはその度ごとにPCB屋を変えてまで早くしたいわけではないと。PCB屋が変わると作るルールも全部変わるので、なるべく同じ会社を使った方がいいので。いずれにせよ、そのM5Stackの速さに特別な秘密はあんまりなくて、ビジネスマネージャーとプロダクトマネージャーとテクニカルリードが全部ジミーなので、お互いを理解する相談みたいなものがいらないんですよね。それが早い1番の秘訣なんじゃないかなと思います。

 製造ラインにもマネージャーはいますが、ジミーは製造ラインのことも結構好きで、 ラインの工夫とかもしてるんですよ。なので、普通はその人が理解できないものを理解してもらおうと説明するために時間がかかるわけじゃないですか。それで、いくつかの決定は不合理なもので、不合理なんだけどこれで行こうみたいなことを理解してもらうために時間がかかるわけなんですが、M5Stackにはそれがない。つまり、本人が決めてるので、このバランスの結果こうなったみたいなことを言う必要があまりないので。それで、周りもみんなジミーと話す人間はほとんどエンジニアなので、それがスピードが生んでると。

ー:そういう意味では、本当にエンジニアにとって理想的な会社ですね。

左がM5Stack CEOのジミー氏。右が西和彦氏

4年間パワーポイントを一度も見たことがない

高須:僕も4年ぐらい一緒にM5Stackと仕事してますが、パワーポイントを1回も見たことないです。その、ユーザーミートアップ用とかは作りますよ、それは作りますが、ものづくりをやっている最中のパワーポイントは見たことないし、エクセルも本当に2行ぐらいしか書いてないんですからね。2行しか書いてなくて、ちょっとそれはサンプルができたから後で見せるからサンプルを見てから考えてくれみたいな。

 ドキュメント、実はちゃんと揃ってない問題とか、色々別の問題を生んではいるんですけど。でも作る物がダメなことが1番ダメなので、それよりはいいかなと。

ー:半導体の需給についてはいかがでしょうか?昨年や一昨年あたり、半導体が不足したり、値段が上がったりして大変だったと聞きます。

高須:あの頃と今でいうと、今の方がだいぶマシです。それから、M5Stackに関しては、それでもほとんど影響がなくて、半導体不足が1番大変なのは、とにかくこの部品以外を使ったら誰かが怒るみたいな状態。中国製の互換部品などを使えない状態が1番デッドロックになるので、そうなると普通に1年とか製造が遅れます。ジミーたちは基本的に彼らが製品仕様を決定してるので、この半導体が入手できない、でも中国製のこの半導体なら手に入る。内部でテストして大丈夫だった。じゃあそれで行こうとが決定できるので、速度は上がります。ただそれは、そんな怪しい作り方というか、設計をしょっちゅう変えるような製品を組み込み用途に安心して使えるのかという真っ当な意見があることはあって、それはその意見の方が圧倒的に正しいんですけど、ジミーたちはそういう用途には使わないでいただいて、物が途切れないことの方が大事だというストラテジーを現状は取っています。

ー:現状、そういう意味では、ホビーっていうとちょっと言い方が良くないかもしれませんが、エンタープライズのミッションクリティカルなところで使うというより、会社で使う場合もプロトタイピングで使ってくださいみたいな感じでしょうか?

高須:そうですね。プロトタイピングで使ってくださいって言ってます。壊れたら、買い替えてください。あらかじめ、少し多めに買っておいてくださいという考え方です。

ジミー氏から西和彦氏へ贈られたM5Stackパートナーの盾

1人で起業したM5Stackが今は80名を超える規模に

高須:Maker Faireは、よくわからないところからすごい人が集まって、毎年見てると勝手に偉くなっていくので、そうすると別に僕何もしてないのにあいつを昔から知ってるって言える。本当にありがたい場所だなと思います。M5Stackも本当にあれよあれよという間に大きくなって。弊社が最初にM5Stackの製品を輸入した頃、社員は6人だったんですよ。2017年に起業したときはジミー1人で、2018年1月に我々が最初に輸入したときは6人でした。

 HAXという、中国スタートアップ合宿所みたいな、アメリカの資本なんですけど、その合宿所みたいなところにジミーがいた頃に起業してその時は1人で、そこを出るまでに最初の製品を出して、それを我々が輸入した。その時が6人で、HAXが雑居ビルみたいなのを持っているので、結構大きめの部屋を借りたんですよね。その後、僕が深圳に引っ越したのは2018年春ぐらいで、しょっちゅうジミーたちと付き合うようになったんですけど、その頃から2つ大きめの部屋を借りて、1つの部屋はオフィスで、もう1つの部屋に製造ラインを作ってて、その頃から自前製造をやってました。その頃が15人とかくらいだと思います。

ー:M5Stackの今の社員は何名なんですか?

高須:僕が2023年3月26日に深圳を出発して長い出張に出たんですが、その時僕が彼に訊いたときには70名ちょいとか75名ぐらいとか言ってて、今訊いたら80名だそうです。

 僕が深圳を出る3月26日のちょっと前に、結構大きめの会議室とレクリエーションスペースがあったんですけど、あんまり使われてなかったので、そこを潰して生産ラインの一部にしようという話が出てました。今はそれが完成したので、そこで働く人間も増えたから80人だっていう風に言ってますね。

高須:M5Stackの工場は今、基本的には7日間毎日稼動しています。おかげさまで注文がいっぱい来るので、中国の土曜、日曜の割り増し賃金は結構半端ないんですけど、それは払っても全然いいというか。

ー:すごいですね。

高須:賃金が土曜日だと2割増し、日曜だと5割増しというのがもう法律で決まっていて、今、中国では工員を探すのがすごい大変だから、無論絶対満額で払うんですが、ちょっとでも賃金をケチると、工員が一斉にもっと条件のいい他の工場に行っちゃうので。

ー:シビアですね。

高須:はい。なので満額払ってるんですけど。それでもとにかく週7日稼働中です。特に深圳だと、ただでさえ工員をやりたがる人間が減ってるので、お金を払えば彼らは土日も働いてくれるわけだし、彼らはお金を稼ぎたくて工員をやってるから、払ったら喜んでくれる。払うだけで解決するんだったら、むしろ楽な方だろうと。逆にちょっとでも、残業がすごく減って暇な工場になったら、行員がすぐ逃げてしまうと。逃げるというか、他のもっと条件が良い忙しい工場に行ってしまうと。それを考えたら、毎日働いてくれるのが、お金を払うだけで済むのであればありがたいと。僕が言ったのは、僕はよくM5Stackのオフィスに行くので、「工員がとてもよく働いてるよね、偉いよ」みたいな話をしたら、ジミーも「悪くないと思ってるんです」と。

 もちろん自前で工場を運営する、つまり社長をやりながら工場長をやるのは、クオリティコントロールとかしないといけないから疲れるんだけど。外に出した方が楽なんだけど、 楽だからクオリティが上がるかというとそうでもないし、今みたいにとにかくアイデアを思いついたらすぐ製品にしたいという時に、手元に生産ラインがあるのとないのとでは大違いなので、外で作るとなるとこんな速度で製品作れないのでと。

 ちなみに、M5StackはHAXを出た後一度、製造ラインだけ東莞、本社とR&Dを深圳という2拠点でやってたことがあるんですけど、1年半ぐらいでその2拠点をやめました。やっぱりそれでダメです。ジミーが週に2回も車に乗って東莞に行ってるようでは話にならないんです。ということで、1拠点に戻したと。

左がM5StackのジミーCEO。右が通訳を担当してくれたスイッチサイエンスの高須正和氏

その3に続きます)

中国深圳のスタートアップ企業であるM5Stack社のジミーC…