日本最大級の蒸気機関車「D52形」の動態保存における現状と課題

神奈川県足柄上郡山北町のJR御殿場線山北駅横に保存されているD52形蒸気機関車の70号機。

D52形機関車は日本を代表する国鉄蒸気機関車として1100両以上製造された有名なD51形の派生型として更なる牽引力の強化を目指し、1944~46年に285両が製造された蒸気機関車です。

D5270号機全景

70号機は1944年に製造され1951年から御殿場線で活躍。1968年の御殿場線全線電化による引退後、長らく山北駅横の鉄道公園で静態保存されていました。

圧縮空気による蒸気機関車の動態保存

近年になり「鉄道のまち山北」という山北町の街おこしの一環として、通常の石炭炊きによる運行に較べて安価に展示走行が可能で、既に群馬県のD51形などで実績がある圧縮空気を用いた方式で復活することとなり、炭水車にコンプレッサーを積載するなど改造が行われました。

2016年10月14日の鉄道記念日に「D52奇跡の復活」として復活運行のお披露目が行われたものの、その直後、圧縮空気による動態保存の技術面での立役者であった恒松孝仁氏が自動車事故で亡くなるというショッキングが出来事が発生。復活を遂げたばかりのD5270号機の先行きに暗雲が立ち込めます。

その後、鳥取県の若桜鉄道の協力を得ることが出来たものの、今では基本月1日(原則平日)に整備運行として運行されるのみ。運行日は町のWebサイトに告知されるものの、平日なこともあってか見物客は少なく熱心なファンと地元の家族連れなど少数が訪れる程度、街おこしや観光振興に役立っているとは言い難い状況となっています。

実際の運行風景。石炭炊きの蒸気での走行に較べて走行音はとても静かです

今回、整備運行に携わっている関係者の方に協力していただきインタビューすることができたので、現状と今後の課題について紹介します。

チームメンバーの皆様

現在D5270号機の整備・運転を行っているのはリーダーの鉄道文化協議会の恒松ひとみ氏、国鉄OBの関根氏、鳥取県の若桜鉄道の車両課長の谷口氏の3名のチーム。恒松氏は群馬県在住、谷口氏は鳥取県在住で若桜鉄道の業務出張の形でチームは月1回巡業のような形で山北町と栃木県真岡市を回り圧縮空気で運行しているSLの整備を行っているとのことです。

動態保存には定期的な整備が必要

月1回の整備運行は2日がかり。概ね1日目に注油など整備や各部の点検を行い2日目に展示運転を行うというスケジュール。この整備運行は可動状態を保つ機能維持の為に最低限必要なものとのことです。

延伸部分レール

2016年の復活に際して延伸された線路(約12m)はレールの間にピットが設置され床下に潜る作業が出来るようになっているものの、谷口氏の話では「油を注さない状態で動かしたくないので、まずは停車場所で床下に潜り込み注油する」とのこと。大きな機関車とはいえ床下のスペースは狭そうで潜り込むのも一苦労であることが想像されます。

他に整備の苦労として、石炭炊きのSLのように車体が通年で高温に晒されない分、夏冬の気温差の影響を受けて鉄材の伸縮膨張で各部の部品のサイズが微妙に変わる為、それを考慮する必要があるとのことです。

現状で走行できる距離は12m(動輪2回転半分)と短く、オーバーランに対する安全装置もないため、定位置で停止させるには完全に機関士(運転手)の技術力頼み。機関士を務める谷口氏は若桜鉄道をはじめ他所でも運転経験があり熟練しているものの、この点は後述する新人の養成を難しくしている理由の一つとなっている模様。

運転席からの前方の眺め

運転に際して運転席からは前方・後方ともにほぼ見えないため、線路際の照明灯などを目安に停止位置をあわせているそうです。

路脇の目印

運転席(機関室)内は基本的に現役当時のままだが、圧縮空気での走行で必要なメーター(3つ)はオリジナルの”kg”単位のものから現代の基準にあわせてSI単位系による”Mpa”単位の物に交換されています。

機関室の様子

圧縮空気によるSLの動態保存は通常の石炭炊きに較べて安価な初期費用と維持費で出来るのが特徴。D5270号機の場合、改造等の初期費用として約1000万円が国の地方創成交付金から、年間の経費として約500万円が山北町の予算から支出され、その大半はチームの人件費と交通費とのこと。

走行に必要なコンプレッサーの燃料の軽油は現在の月1日で1日3回、1回辺り5~6往復の運転で3~4か月に1回80ℓほど給油。コンプレッサーは運転日初回は30分前、2回目、3回目は約10分前に起動し各回終了後は電源を落とせるので実際の稼働時間が短く済み燃料費が安く済む他に、石炭炊きのように数時間前から火入れする必要がなく手間が少ないメリットがあるとのことです。

復活に際しての初期費用面ではD5270号は現役引退後に屋根がある場所で保存されていたこと、また地元の国鉄OBなどの地元組織による定期的な清掃作業や油差しが行われていたこともあって、状態はかなり良く、復活に際して部品新調や交換の必要なくほぼそのまま使えたことも幸運だったそうです(定期的な清掃活動は現在も地元組織により行われている)。

この方式で1km程度までは運行可能(それ以上はエアー切れを起こすのでコンプレッサーやエアータンクの容量増などが必要)であるものの、本来の蒸気による走行に較べるとパワーが弱いため勾配等に弱く本線での走行は物理的に難しいのではないかとのこと。更に営業運行を行う本線上での走行はATSなど安全装置の設置や自動車でいう車検制度のようなものなど許認可制度上の問題もある為に難しく、あくまで独立した線路上で遊具扱いでの走行に限られるのではないか?とのことです。

技術面での超長期的な課題として圧縮空気による運転であっても運行回数も増え走行距離が伸びると、JRや大井川鉄道等で行われている通常のSLの動態保存運転と同じように、ゆくゆくは交換部品の確保の問題も出てくる可能性があるそうです。蒸気機関車の部品の大半は今となっては製造が難しく、各地で静態保存されている機関車と交換する形で譲り受けるぐらいしか入手方法がない点。ただD5270号機に関しては元々の状態が良かったので当面は部品の心配は必要なさそうとのことで、そこは一安心です。

圧縮空気での復活運転を行う際に搭載したコンプレッサー機器に関しては、今後十数年程度は利用可能という見通しのようです。余談として2016年の復活に際して機器を搭載する時にかなりクリティカルな方法で行われたため、載せ換えには線路を延伸して線路脇に作業スペースの確保が必要になることが予想されます。

現状の課題と今後の不安要素

現状の町おこしや観光振興面での課題としては、やはり平日月1回の運行では少なすぎて観光客誘致に繋がらない以前に、D5270号機の運行自体が「知る人ぞ知る」状況になっていることがあげられます。

運行日数の増加が求められるものの、現状の恒松ひとみ氏のチームでは遠方から出張となり、他にも抱えている案件もあるため対応が難しく、運行日の増加にはやはり山北専属で整備や運転が出来るスタッフを養成する必要があること。

一方で現状走行できる距離が12mと短く特にオーバーランによる事故等がないように運転には熟練が必要で、機関士を養成することが難しいことなど、一筋縄ではいかない課題が山積しています。

線路延伸については2016年に復活した時から地元関係者や町民・ファンの間で待望され募金活動も行われました。2022年には線路延伸に向けて機関車後方にあった遊具を移設、30m程度の延伸ができる用地の確保も行われたものの、その後の進展がない状況となっています。

鉄道資料館

「鉄道のまち山北」の町おこしの一環として他に山北駅隣の観光案内所(交流センター)2階には小規模ながら鉄道資料館が開設されてるものの、開館日は土休日午後のみでD5270号機の運行日とはリンクせず、折角の資源を生かせていない状況です。また運行日が役場開庁日の平日に設定されている点も、観光客には訪れにくいと感じました。

また山北町のD5270号機の運行は完全に自治体の施策および予算で行われており、今後もその施策と予算で継続していけるのかという不安要素があります。

将来に渡り「動くD5270号機」を維持していくためにも、観光客誘致などに大いに役立っている実績を作ることが急務であると感じました。

山北町役場に今後について質問

最後に山北町役場商工観光課に電話取材を申し込んだところ以下の回答を得ました。

D5270号機の運行日の増加や線路延伸の要望、観光資源としての活用して欲しいという意見は既に寄せられているものの、運行日の増加については現在のチームが他県からの出張となる為、山北町専属のスタッフの養成が必要であること。鉄道資料館との連携に関しては、資料館の運営を地元のNPO法人に委託していて、開館日を増やすとNPOに支払う人件費が増加するので予算上難しい(今は人件費が上がっているので尚更)ただ来年以降、運転日にあわせて開館できるようにしたい。

線路延伸については町としてはやりたいと考えているが、現状予算不足で着手できていない状況である。

とのことで、観光資源として期待は高く今後に期待できそうな反面、財政規模が小さい自治体にとっては、特に線路延伸などまとまった予算の確保には難儀していることも伺えました。

さて今回は山北町で動態保存されているD52形のSLを紹介しました。

わずか12mとはいえ実際に機関車が動いている姿は電車やディーゼルカーにない迫力があります。通常億円単位かかる蒸気機関車の動態保存ですが、短距離ながら安価に運行できる圧縮空気によるシステムには将来的な可能性も感じます。一方で動態での保存を継続するためには、資金面のみならずスタッフの養成など技術継承・人的な課題があることも改めて分かりました。

これからも末永く動態保存が継続できるように応援していきたいと思います。

神奈川県足柄上郡山北町のJR御殿場線山北駅横に保存されている…